「パンドラの箱」

                             藩田摩由璃





しかしパンドラは、その箱を開けてしまった。すると、箱の中から病気や犯罪、戦争、嫉妬、災害、貧困といった、あらゆる厄災が飛び出した。最後に残ったのは、箱の隅で恥ずかしそうに顔を隠した、希望だけだった。

「それが、パンドラの箱?」

「そう。でも本当は、箱じゃなくて壺だったり、瓶だったりするらしい」

「そっちのほうが、古い時代っぽくていいね」

「パンドラの壺って言ったら、途端に怪しい商売っぽくならない?」

「そんな壺は誰も買わないよ。中に入ってるのヤバいもんばっかりなんでしょ」

「この壺の中には、ありとあらゆる厄災が詰まっておりますが、厄災が全て飛び出た後には、この世で最も大切なものが出てまいります」

「いらないよ」

「まず、嫌いな相手に向けて壺のふたを開け、災いが全て相手に降りかかった後に、希望だけ引っ張り出すのが、当社一押しの使い方」

「いらないよ」

「引っ張り出した希望は、お客様のメイドとしてご活用いただけます」

「人類最後の希望になんてことを!」

「箱というものは、人の好奇心をそそるものだよね」

「たしかに。何が入っているか分からないから、開けたくなるよね。浦島太郎も、箱のおかげで身を滅ぼしたし」

「好奇心は猫をも殺す」

「本当に好奇心で死ぬのは、人間くらいだよね。」

「猫が好奇心を示すのは、ねずみと猫じゃらしとマタタビ」

「そんなもので猫は死なないね」

「人間が好奇心を示すのは、銃にナイフにドラッグに、火遊びにジェットコースターにアンチエイジング」

「何だかとっても死にそうなものばかりだね……って、アンチエイジング?」

「死なない研究。人類の永遠のテーマ」

「四十代以降の女性限定の話題かと思ったら、人類永劫にまで広がるテーマだったとは!」

「アンチエイジング。それは、老化の進行を遅らせることが目的ではなく、永遠に生き続けることを目的とした人類最終計画」

「誰もよぼよぼのままで生き続けたいとは思わないよ。だから長生きじゃなくて、アンチエイジングなんて言葉が流行るんだよ」

「アン☆恥エイジ…ぐーっ!」

「エロっぽく言われても……」

「あんち? エイジ…んぐ…」

「だからエイジって誰だよ! しかも微妙にストーリー性が感じられる気になる展開に!」

「人間は、これを開けると悪いことが起こるかもしれないという不安を押しのけ、この中には何が入っているのか見てみたいという好奇心に負けて、箱を開けてしまうもの。不安に勝てるが、好奇心には負けてしまう不思議な存在」

「……まあ、ふぐを食べるのもそういう心理だよね」

「これ食べたら絶対笑い出すんじゃないかっていうキノコも」

「これ食べたら絶対舌にすごい色付くよねっていうお菓子も」

「全部一緒くたに入れて、闇鍋を囲むようなものだよね」

「なんかパンドラの箱から離れてるよ」

「離れてないよ。もともとパンドラの箱っていうのは、神様が人間の弱点をついて破滅させるために、パンドラに贈ったものなんだから」

「じゃあ、その闇鍋も、誰かの陰謀によるものなのね?」

「うん…。未だに誰による陰謀なのかは分からないんだけど…。生き残ったのは、わたしだけだった」

「神はあんただったんだね」

「神はこう考えた。自分の気に入らないものは、全て死んでしまえばいい」

「神様って、ときに信じられないくらい極悪非道なことをするものだよね」

「どんどん知恵をつけていく人間たちに我慢できず、神は人間のもとへ厄災を送り込む方法を考えた。

それが、最終兵器・パンドラ」

「よく踏みとどまった」

「彼女は、絶対に開けてはならないと神から言われていた壺を、地上で開けてしまう」

「天界で開けていたらどうなっていたの?」

「天界には病気や犯罪、戦争、嫉妬、災害、貧困といった、あらゆる厄災が蔓延し、たとえ善行を積んで天国へ召されたとしても、全くパラダイスどころではない事態に」

「パンドラも地上で開けてくれて良かったね」

「そのせいで自殺者は軒並み減少。生への執着が捨てられない人が増えて、死なない研究も飛躍的に発展し、人間はついに永遠の生を手にした」

「それって、現代の抱える高齢化問題が、さらに悪化したってことじゃないの?」

「これがパラドックスの起源。いつの間にかドとラが入れ替わったんだよ」

「受験生を惑わすようなマネはやめなよ」

「パンドラの箱って、禁止されると逆にやりたくなる心理を表しているよね」

「ここに落書きするべからず、とか?」

「パンドラックスだね」

「…………」

「ごめん」

「いいよ。それで、この箱どうする?」

「こういうのって、開けると後悔するのがセオリーだけど」

「でも…」

「ねぇ…」

「開けたくなるよね!」

「では、まず相手に向けて蓋を開け、」

「って、それはナシ」

                           





終わり









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