名前を呼んで





        (黒嶋 章)







 なあ、物には魂が宿るって知ってるかい?
 いきなり何を言い出すかって? 悪い、悪い。ちょっと思い出したことがあってさ。…ああ、そこ右に曲がるんだ。目の前にでかいホテルが見えるだろ。まあ、あそこから二十分くらいは歩くかな。本当に悪いな、あんた。せっかくの日曜なのに、延々歩かせちまって。あんた、親切だよなぁ。今時珍しいぜ。
 …へえ、いつも仕事で慣れてるって言うと、営業かなんかか? スゲー。オレはああいう仕事は絶対無理だね。はん? オレの仕事? うーん、そうだな。なんて言うか、さしずめ「鬼ごっこ」の「鬼」ってところかな。
 あぁ、違う違う、別にナンパじゃないって。なんで「鬼」イコール女の子を捕まえるってことになるかな。大体、「鬼ごっこ」の「鬼」の仕事って、次の鬼を捕まえることだろ。ナンパした女の子を鬼にして、どうするんだよ。
 って、何の話をしてたんだっけ? …そうそう、物には魂が宿るっていう話だよ。迷信みたいだけど、これって本当にあることなんだ。―信号渡ったら、もう後はまっすぐ行けばいいだけだぜ。うん、丁度いいな。あんたには世話になってるし、ただ黙々と歩くのも味気ないだろ? 暇つぶしに、その話を聞かせてやるよ。


 オレが知り合いに聞いた話なんだけどさ。と、その前にさ、あんた下の名前なんだっけ? 苗字はさっき聞いたけど、呼びづらいんだよな。オレの悪友に、あんたと同じ苗字のヤツがいて。…ふうん、◯◯さんか。綺麗な名前だよな。
じゃあ、◯◯さんはケータイを持ってるか? ケータイ、携帯電話。あー、やっぱり持ってるよな。と言うのもさ、オレの高校の時のクラスメイト―まあ、仮に山田ってしておくけど。山田がケータイを買ったのがこの話のきっかけなんだ。
山田は、まあ、簡単に言っちまえば根暗な奴さ。クラスに一人はいるだろ? ああ言うタイプって。いつも一人で机にかじりついてるんだ。だけど、まあ、周りの連中がほとんどケータイを持っていて、楽しそうなのを見て山田もうらやましくなったんじゃねーのかな。山田も遂に親にねだって買ってもらったわけ。買ってもらった日は、子どもみたいに色んな機能をいじってみたりしてさ。ところが、山田の楽しい気持ちは長続きしなかったんだよな。どうしてか、分かるかい? ―ん、正解。いつまで経っても電話もメールも来なかったからだよ。山田には電話番号も、メールアドレスも教える友達なんか居なかったんだから、当然だけど。山田は勘違いしてたんだ。ケータイさえ持てば、クラスメート達と同じように楽しくやれるってね。それからのあいつは、根暗さ加減が更にひどくなった。一日に何回もセンターにメッセージが来てないか問い合わせしてさ。来るはずないものに期待して、また失望して―。自分で自分にとどめを刺してりゃ世話ないぜ。
…まあ、待てよ。ここから本題に入るってば。そんな山田にある日、メールが届いたんだ。いたずらやアダルトサイトからじゃないぜ。偶然届いたそのメールの送り主はまあ、「自分は友達がいなくて、いつも寂しい思いをしています。よかったらメル友になってください」みたいなことを言ってきたのさ。山田の喜びようが想像できるだろ? 案の定、ヤツは大喜びでメールを返してたね。
すぐに、山田は頻繁にそいつとメールのやり取りをするようになったぜ。のめりこみすぎて、今度は授業中でもケータイを手放さなくなっちまった。
 それでも、山田は相手に自分の電話番号も、名前も教えてなかったみたいだな。どうせ、メールの中じゃあ、随分自分のことを恰好良く言ってたんだろうさ。自分の本当の根暗な性格を知られたら、唯一のメル友を失くすとでも思ったんじゃないか。ま、そうは言っても、相手と親しくなればなるほど、嘘ってのは重くなる。本当の自分を知ってほしくなるもんだろ?
 山田はさ、メールを始めて半年くらい経ったころ、勇気を振り絞って本当のことを打ち明けてみたんだ。しばらくして、メールが返ってきて、短く「あなたの本当の名前はなんですか? 」って一文だった。…なぁ、やっぱりちょっと変だよな? オレもそう思うけど、相手に自分を受け入れてもらえるかで一杯になってた山田は、気付かなかったんだ。フルネームを教えてやったら、次も短い一文が返ってきたのさ。
「山田隆。つかまえた」
 ってさ。そうしたら、山田のやつ、体が急に動かなくなって、めまいがしたんだと。視界がぐるぐる回って、吐き気がして。すうって、何かに吸い込まれるみたいな感覚があって、それで次に気が付いたときには、目の前に自分がいたんだ。自分が―つまり山田の姿をした人間が、ヤツを見下ろしていたのさ。山田は悲鳴を上げようとして、でも上げられなかった。なぜって? 山田には声どころか手足や、とにかく体の感覚ってものが何一つ無くなっていたんだよ。ヤツが感じられたのは、文字だけ。考えたことが文字になって浮かんでくるのが分かるだけだったんだ。…そう、つまり山田の意識はヤツのケータイに宿っちまったのさ。そして、抜け殻になったはずの山田の体は、全く別の人間みたいな微笑を浮かべてたんだと。まるで、山田がメールの相手に受けていた印象そのままの笑い方だったって。




 どうだい? 奇妙な話だろ? ―さあねぇ、その後山田がどうなったのか、オレも知らない。けど、きっと何事もなかったみたいに山田は暮らしてるんじゃねーかな。そんな気がする。普通に高校に通って、卒業したりして、そうだな。もしかするともう働いているかもしれないな。ただ、性格や仕種、食べ物の好みが少し変わってるだけでさ。けど、まあ考えてもみろよ。姿形が変わらないんだ。そいつが、元の根暗の山田と同じヤツかなんて、誰にも分からないだろうぜ、なぁ、あんたもそう思わないかい?
 うん? 山田に成り代わったのもの、ねぇ。オレはオカルト方面とか全然素人だからさ。分からないけど、山田のケータイには「何か」が宿っていたんだろうよ。そいつはケータイの形を借りて、機会を窺っていたんだ。山田と、自分とが入れ替わる機会を、な。きっと、名前が鍵だったんじゃないかって、オレは勝手に思ってるけど。あんたも聞いたことないか? 名前って、魔力というか呪力みたいなものがあるんだ。って、別にオレはオカルトかぶれじゃないっての! なんていうかさ、名前は縛るものだろ。単なる記号じゃなくて、理屈抜きでオレらの身体に染み付いてるっつーか。名前を訊くことがイコール求婚を意味した時代もあったらしいしな。まあ、それだけ名前は意味のあるものだってこと。だから、山田がメールに応えて自分から名乗っちまったのが、入れ替わりの機会を与えたことになったんだろ。簡単に言えば、自宅の鍵を無意識に相手に渡したようなもんだよな。
 なあ、けどさあ。山田みたいな話って他に全然無いと思うか? さっきも言ったけど、入れ替わったって、傍目には分からないんだぜ。体を追い出された当人は、物に閉じ込められて抗議もできやしない。もしかしたら、気が付いてないだけで、オレたちの周りにもそういうヤツらが紛れているかもしれないよな。それどころか、どんどん入れ替わっていて、そういうやつらで溢れかえっているかもな。魂が宿るのだって、ケータイだけとは限らないだろ。山田の場合はケータイがたまたま執着の対象だったってだけで。―あんたは、大丈夫かい? あんたのそのバックは? 大切にしてるアクセサリーは? 最近あんたの周りで様子が変わったヤツはいないかい?
 

…っくく、あはははは!悪い、悪い。そんなに怖がらないでくれよ。ちょっと、脅かしすぎちまったな。
おっと、もういい頃だな。どうだい? 白い建物は見えてきたかな? えっ! 通りすぎたぁ? うわ、調子に乗ってしゃべりすぎたみたいだな。ごめん、戻ってくれるかな。あー、そうそうそこだよ、その建物。そこの一階のロビーの窓際に立ってるのがオレだよ。
あんた、本当に親切だよな。わざわざ面識もないオレに、置き忘れたケータイ届けてくれるなんてさ。忘れたオレもまぬけだけど、自分のケータイに電話するのなんて、変な感じだよな。あんたが出てくれなかったら、途方にくれてるとこだったんだ。助かったよ。おまけに道案内がてら余計なおしゃべりに付き合わせちまったし。うん? オレかい? 公衆電話から話してるに決まってるだろ。あんたが今使ってるのがオレのケータイなんだからさ。あー、平気平気。今はケータイ持ってるヤツが大半だからさ、ちょっとくらい公衆電話で長話してようが誰も咎めたりしねーって。え? だからここだよ、ここ。そっちからは見えない? オレからは、はっきりあんたが見えてるぜ。
…なあ、△△◯◯さん? あんたって、本当に親切、な人だよなあ。―まだ見つからない? おかしいなぁ。ここだよ。オレはこっちだってば。
…鬼に鍵を渡しちまうなんてさぁ。言っただろう? 鬼の仕事は次の鬼を捕まえることだって。―いや、ただの独り言だよ。それより、まだ見つけられない? ここだって。オレはここにいるってば。
どうした? めまい? 大丈夫かい? そんなに慌てて走り回るからだぜ。別に急がなくったって、オレは逃げたりしねーから。そう、オレはずうーっと待ってたんだから。これっぽっちの待ち時間どうってことないんだ。

……なあ、△△◯◯さん、オレはここだよ。

 ―アンタノテノナカ―。
 








つ か ま え た。        









(終)






ページを閉じてお戻りください。

感想をお寄せください。
BBS
gpwuaya@hotmail.co.jp









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送